ハッピー☆ウーマンへの道
« vol.4 楽しみながら成功する女性(金森晴美さん) | ハッピー☆ウーマンへの道 | vol.6 「幸運体質」の女性(山本浩未さん) »vol.5 理不尽にも腐らない女性(吉原知子さん)
「一日一日を充実して過ごすことで、
その先の生きる道が見えてくる」
理不尽な目に遭っても、
大きなプレッシャーを背負わされても、
自分で道を切り開いて、そこで輝いてきた女性の口から出る
言葉だからこそ、心に響くものがあります。
先日、現役引退を表明した
女子バレーボール選手の吉原知子さん。
低迷の続いていた全日本女子チームへ
「精神的支柱」としての役割を期待されて7年ぶりに呼び戻され、
アテネ五輪の出場権獲得に見事貢献した活躍は記憶に新しいところ。
このとき、彼女は33歳。
女子バレーボールの全日本チームと言えば、
かつて「26歳定年説」もあった、20代前半が主力のチーム。
でも、そうした年齢制限による「ひずみ」から
長く国際試合で勝てない時期が続きました。
そこで、2度のオリンピックを経験、
イタリアのプロチームでも活躍した吉原さんに白羽の矢が
立ったのです。
でも、吉原さん自身、かつてこの「年齢制限」で
悔しい想いをした経験がありました。
96年のアトランタ五輪の後、吉原さんはまだ国内トップの
実力を持ちながら、全日本のユニホームを脱がされることになったのです。
理不尽な規則であっても、規則は規則。
そして、年齢というものだけは自分の努力だけではどうにもなりません。
そこで彼女はどうしたのでしょうか?
「なんかフェアじゃない」
疑問を抱きながらも、腐ったり、怒ったりせず、
「全日本に選ばれなくても、私はこれだけできるんだ!」
ということを証明し、周囲に認めさせるべく頑張ってきたのです。
その手段が、所属チームを勝たせること。
バレーボールはチームプレーですから、
ずば抜けた一人がいたとしても、優勝できるとは限りません。
でも、下位に低迷しているチームでは
どんなに個人が頑張ったとしても、その活躍に対する印象は
残念ながら薄まってしまうのも事実。
バレーボールをすること=勝つこと
その方程式を自分に刻み込み、それを実現すべく
全力を傾けていったと言います。
当時の所属チームは、常勝チームの日立でしたが、
その後、さまざまな事情で幾度か移籍を繰り返す中でも
所属したチームすべてで優勝を経験しています。
個人としての才能もさることながら、「勝利への執念」を
伝播させる良い影響力を発する存在だったのでしょう。
そこから「優勝請負人」とも呼ばれるようになりました。
どんな状況にあっても、ぶれない目標を持つ。
それも、できるだけシンプルで根源的な
いつでも見失わないでいられる「道しるべ」となるようなもの。
それが吉原さんにとっては、
勝負に「勝つこと」だったのかもしれません。
「道しるべ」さえしっかり見えれば、どんなに辛く苦しい状況にあっても、
逃げたり、クヨクヨしたりせずに、また再び歩みだすことができます。
逆に言えば、それがないと、形を変えながら何度も同じ壁に
ぶつかってしまうような気がします。
でも、運命は吉原さんを試すように、
大きな困難を与えます。
かねてからプロ化を求め会社と折衝していた彼女は、
チームメイトでもあった大林素子選手とともに
日立を解雇されてしまったのです。
日本でプレーする場所を奪われた二人は、イタリアに渡ります。
でも、そこで所属したチームには、外国人選手枠があり、
吉原さんは「補欠」の地位に甘んじることになってしまいました。
中学生で全日本選抜に選ばれ、高校生の時から
全日本チームに参加し、実業団でも王者・日立のレギュラーで
活躍してきた吉原さんにとって、
まさにこれは初めての「挫折」とも言える経験。
コートの外で他の選手がプレーする姿を見ながら、
「もしこの先、もう一度プレーできる時が来たら、
いつまたできなくなっても、ケガをしてやめることになっても、
絶対に後悔しないようにしたい」
そう強く思ったと言います。
失いかけたときに、本当に大事にしたいことが見えてくる――
「一日一日を大切に」という想いは、
このときから強くなっていったのでしょう。
その後、出場機会を求めてイタリアの別チームに移り、
そこで本来の力を発揮して、そのシーズンの
オールスターのメンバーに選ばれるほどの活躍を見せました。
パフォーマンスの高さに、地元のファンもたくさんついたそうです。
一度追い出された全日本から、再び誘いが来たときも、
躊躇する気持ちよりも、挑戦する気持ちのほうが強かったと言います。
「私はこれだけできるんだ!」
全日本を退いた後に、そう証明しようと頑張ったように
このときも自分の力を精一杯ぶつけることを決意したのでしょう。
そして、自分を諦めなかったからこそ、
再び実力を請われて日本を救う主将として召集されたのです。
「困ったときの吉原頼み」ではありませんが、
試合で劣勢になったとき、日本チームが吉原さんにトスを集め、
それをまた彼女が見事に決めて、得点に結びつけていた姿は
とても印象的でした。
そんな「技」「心」ともに頼りになる吉原さんは、
指導者としての資質も高く評価されているそうです。
どんな状況にあっても、自分にできることを考える。
一日一日の積み重ねが、未来の「理想の自分」をつくっていく。
そんなことを吉原さんの後姿から学ぶことができる
のではないでしょうか?
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参考サイト
▼NITTEN ヘルシー・シュガー・トーク
参考文献
▼PHPカラット(2004年春号)
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